医事紛争

 

 私が医学部を卒業して50年近くなりますが、当時、医師は患者のことを思って働いているのであり、あまり本当のことを説明すると、かえって患者は混乱する、私を信用して黙ってついて来い、これが医療界の風潮でした。しかしこの20年あまり思想的に大きく変わりました。インフォームドコンセントの定着であります。この言葉は「よく知らされた上での同意」という意味に使われます。

 治療は投薬であれ、手術であれ、からだに危害を加える行為でありますから、治療を受けるかどうかは、患者に決定権があります。患者は医学的知識がないので、自己決定権を行使するためには医師は当然患者や保護者に医療の内容を説明する義務があります。現在の状態で最善の治療はなにか、今最善と考える治療をしなければ結果はどうなるか、あるいは最善の治療に気が進まなければ次善の方法があるのか等を説明します。さらにこちらで治療するよりも他の施設に優れた治療があるかも併せて説明します。自己決定権は日本ではおよそ30年まえから芽生え、現在は定着した患者の権利であります。医師が患者の同意を得なくて重大な結果を招けば技術的に問題がなくても、民事裁判では説明義務違反にとわれます。

 医療事故といえばなにを連想しますか? 一般の人の頭に浮かぶことはたちの悪い医師が暗躍している、医師は信用できない、病気の子どもを真剣に考えてくれない…等々。けれどもそれは一握りの医師であり、ほとんどの医師はまじめに子どもの状態を考え、悩み、良かれと思ってしたことが、逆の結果になってしまったことが多いのです。医療は将来の結果を予測し、予測に適合した治療をします。天気予報よりは予測は的中します。しかし医師の能力には個人差があり、多少の出来不出来があります。現在の医療水準では他の治療法がよいのではないかとか、あるいは施設の機能からみて、さらに高度な施設に転院を勧めるべきであったと思うこともあります。医療行為には民事責任、刑事責任、行政上の責任が伴います。民事責任は民法による損害賠償責任ですし、刑事責任は刑法による刑罰、行政責任は厚生労働大臣による免許の取消し、停止等の処罰をうけます。刑事責任、民事責任は裁判所で責任の有無を争います。すべてではありませんが医事紛争の流れのひとつです。時代の流れもあり、裁判での判断が100%医学的に真理とは限りませんが、相撲の行司と同じで、判断が困難なときでも裁判官の判断が真理のひとつと考えて、紛争に終止符をうちます。要は子どもの健康や病気について気軽に相談にのってくれたり、別の意見も聞いてみたい時に検査、投薬の内容を記載した紹介状をもらいやすいかかりつけ医、家庭医を身近にもつことが健康管理のポイントであります。

(西田 勝)

 

 事故と安全   投稿日:2006/09/01